一冊の本から始まる旅。ET的ブックスケッチ『辺境・近境』編

旅先で運命に翻弄される、チャーミングな村上春樹

この辺からだんだん我々の悲劇が始まる。うまくいかない方面へと運命が針路を取っていくのだ。――『辺境・近境』より

村上春樹さんの旅行記を読んだことはありますか?

独特な世界観を漂わせるフィクション作品は世界中に熱狂的なファンがいますが、エッセイにはまた違った味わいが。そしてその中でもぜひおすすめしたいのが旅行記です。

 

村上春樹さんが出版社や企業からの依頼を受け、
寄稿した旅行記をまとめた一冊

『辺境・近境』は、出版社や企業から依頼を受け、寄稿した旅行記をまとめた一冊は、メキシコ・モンゴルのノモンハン・瀬戸内海に浮かぶ無人島・香川県へのうどん旅行……。

取材旅行というわけでもなく、明確な目的があるわけでもない旅の記録がまとめられています。

村上さんの旅は、割と行き当たりばったりです。素敵な出会いに恵まれることもあれば、不運への一途をひた走る羽目になることも。
旅先で摩訶不思議な運命(と現実)に翻弄される村上さんの姿は、村上さんが描く物語の主人公にも似つつも、それよりさらにユーモアにあふれてチャーミング。

自分の中の「辺境」を探す旅

本書のはしばしからも伝わってきますが、村上さんは大の旅行好き。

ベストセラーになった『ノルウェイの森』は欧州を転々としながら執筆したというし、アメリカのプリンストン大学に招聘されて長期滞在したことも。

仕事仲間と「東京するめクラブ」というチームを組んで旅行をしたり、シドニー五輪の取材記・ウィスキーの聖地を巡るエッセイなど、旅行記だけで本棚の一段が埋まりそうなくらい著書があります。

いちばん大事なのは、このように辺境の消滅した時代にあっても、自分という人間の中にはいまだに辺境を創り出せる場所があるんだと信じることだと思います。そしてそういう思いを追確認することが、即ち旅ですよね。――『辺境・近境』より

 

稀代のストーリーテラーは、なぜ旅へと駆り立てられるのか。

村上さんはよく、小説を書くことを「井戸に降りていく」と表現します。

井戸の底に降りていき、そこから持ち帰ったもので物語をつくる……。
村上さんは旅に出ることで、世界と自分の「井戸」を探しているのかもしれません。

 

年末年始の休みはもちろんのこと、2025年の自分の時間を利用して、旅心をくすぐる本書を読んでみては?

 

 

WRITTEN BY

梅津 奏

Kana Umetsu

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