スタンプラリーのような旅もいいけれど…
この教会の人たちが神様を敬っている感じがして好ましい。それは礼拝の支度をする初老の女性が祭壇の前を行き来するたびに、軽く頭を下げる所作にも現れている。彼女はブーゲンビリアを持ってきて祭壇にいける。教会の裏庭で咲いていた木の一枝だろう。――『旅の断片』(若菜晃子/アノニマ・スタジオ)より
せっかく旅に出ても、まるで何かに追い立てられているかのように駆け足で終わってしまった……。そんな経験はないでしょうか。
なるべくたくさんの観光スポットを回らなきゃ、写真を撮らなきゃ、話題のグルメも押さえなきゃ、お土産は何を買うべきなんだろう?
限られた時間の中で「あれもこれも」と欲張って、息切れしてしまうことも。
若菜晃子さんによる『旅の断片』は、そんなスタンプラリーのような旅とは違う、ひとつひとつの景色を大切に見つめた旅エッセイです。
細部を見つめる目
小さな窓から見渡すかぎり銀色の海を見ながら、突然私は、これほどまでに広く、さまざまなものが生きている世界で、自分などいてもいなくてもいいのだと思った。――『旅の断片』より
ニューカレドニアの夜の遊園地、メキシコの砂漠を旅して受けた啓示、インドの銀細工屋で見つけたフクロウの小函のこと。
「山と渓谷社」で山や自然に関する雑誌・書籍をつくる仕事をしていた若菜さんが、「世界を絶えず体感し直す」ために旅して回った記録。
若菜さんの目は、常に細部に向いています。自然を見つめ、人を見つめ、それらが生み出す繊細な創作物、感情や空気を見つめている。それを丁寧に写し取ったような端正なエッセイに、「こんな風に旅してみたい」という気持ちがふつふつと込み上げてきます。
「記憶に残る」旅とは
「せっかくだから」と思いすぎると、何を見ても落ち着かず、目が滑っていってしまいそう。後から写真を見返しても、「ここ、どんな場所だったっけ…」なんて、記憶が残っていなかったり。
旅の醍醐味は、知らない景色・出会ったことがない人々・街の空気や未知の味覚を、見て触って耳を澄ませて匂いをかいでみること。
若菜さんの、ひたと据えられた視線。そのまなざしのまっすぐさと落ち着きをイメージしながら、旅に出たくなる一冊です。
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一冊の本から始まる旅。ET的ブックスケッチ『旅の断片』編
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