一冊の本から始まる旅。ET的ブックスケッチ『名もなき人たちのテーブル』編

「キャッツ・テーブル」の旅

それは僕がこの旅で学んだ、ちょっとした教訓だった。面白いこと、有意義なことは、たいてい、何の権力もない場所でひっそりと起こるものなのだ。――『名もなき人たちのテーブル』(マイケル・オンダーチェ著、田栗美奈子訳/作品社)より

11歳の少年がたった一人で、故郷からイギリスへ旅に出る。

大人たちがおぜん立てした三週間の船旅。彼が割り当てられた「キャッツ・テーブル(末席のテーブル)」に集うのは、同じように一人で旅する少年たち、鳩を連れた女性、落ち目のピアニスト、寡黙な仕立て屋……。

謎めいた人々との交流は、暇をもてあました少年たちを楽しませます。

 

「小さな社会」を覗きこむ目

航海中の船は、「小さな社会」のようなもの。

船長に特等席でもてなされる上流階級の人々と、キャッツ・テーブルに座る者たち。健康な者と病を抱えた者。老人と少年。視線を交わす男女。

好奇心旺盛な少年にとって船に揺られた21日間は、この小さな社会をすみずみまで見て回るのに十分な時間だったことでしょう。向こう見ずな勇気が、彼らを多くの冒険に巻き込んでいきます。

 

少年時代の旅を振り返るノスタルジー

三週間の海の旅はおだやかなものだった。当初はそんなふうに記憶していた。歳月を経た今になって、航海の話をしろと子どもたちにせっつかれ、彼らの目を通して見てはじめて、あれは冒険だったと気づき、人生の一大事だったとさえ思うようになった。――『名もなき人たちのテーブル』より

著者は、アカデミー賞で9部門受賞した映画「イングリッシュ・ペイシェント」の原作者。『名もなき人たちのテーブル』は、彼自身の少年時代を投影していると思われる物語で、大人になった主人公が旅の思い出を回想する形式がとられています。

子どもにとっての旅は、大人にとってのそれとはまったく違うもの。彼らの無垢さや野蛮さは旅という非日常の場でより強く発揮され、多くのものと出会わせ、思いもよらない贈り物を人生に与えてくれるはず。

「自分にとっての“船旅”はいったいどれだっただろうか?」

……つかの間、ノスタルジーの海に溺れたくなる一冊です。

WRITTEN BY

梅津 奏

Kana Umetsu

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