ふらり旅くらい、武骨でいい
自分の旅は、いつも表通りではなく裏通りにあるような気がする。――『へたな旅』より
アトリエでの創作に煮詰まったら、ふらりと列車で旅に出る。特急ではなく各駅停車で、船の旅なら雑魚寝の二等船室で。行き当たりばったりに見つけた温泉に入り、酒飲みの嗅覚を働かせて酒場に入る……。
“裏通り”にある旅
『へたな旅』(牧野伊三夫/亜紀書房)は、画家の牧野伊三夫さんが徒然なるままに綴る旅の絵日記、そして食べ物にまつわるエッセイ集です。
牧野さんの旅は、武骨でアナログ。牧野さんが手がける絵とまったく同じ印象。
コスパやタイパのようなせわしなさとは無縁で、日常を見捨てていくような非日常の贅沢に溺れることもありません。
素朴なスケッチににじむ、旅の幸福感
都内から電車でのんびり行ける松本や甲府、飛騨高山などが、牧野さんの特にお気に入りのよう。
絵を描く道具はいつもかばんの中に。しかし旅先で周囲に向ける視線は、画家のものでもあり素の牧野さんそのままでもあり。
富山の路面電車、朝のコーヒーとドーナツを楽しんだ喫茶店、ホテルの窓から見た富士山。
のびやかに描かれるスケッチからは、旅先にある牧野さんの解放感と幸福感の香りがふんわり香ります。
自分の目に見えるもの、聞こえること、匂うものを頼りに、小さな冒険を心から楽しんでいる様子に、読んでいる方も心ときめいてしまいます。
“へたな旅”を自分にゆるす
透き通るような青空を見ていると、朝ごはんを軽くしていたせいか、腹がへってきた。さて、どこへ食べにいこうかと、いくつか店を思い浮かべてみたが、このまま湯につかっていることにする。なにしろ、何もすることがないのである。――『へたな旅』より
「情報にふりまわされないように」「自分の感覚を大切に」何度そう決意したところで、私たちを情報の渦に巻き込もうとする仕組みから逃れるのは至難のわざ。
「旅に出たときくらい、不器用に過ごしてもいいだろうよ」
『へたな旅』というタイトルの向こうから、牧野さんの声が聞こえてくるようです。
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一冊の本から始まる旅。ET的ブックスケッチ『へたな旅』編
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