傑出したセンスと教養の持ち主、伊丹十三による傑作エッセイ
「スノッブ」なんて言葉は、もう死語になっているでしょうか。
上質なおしゃれを知っていて教養深い、国際経験も豊富な紳士・淑女。見方を変えれば、海外通であることをひけらかし、マナーにうるさい気取り屋。
そんな「スノッブ」な人は、なにごとにもカジュアル化が進む現代では絶滅危惧種になりつつあるのかもしれません。
俳優でもあり映画監督でもあった伊丹十三さんは、映画に出演するためにヨーロッパに長期滞在した経験をもち、昭和の時代にあって傑出したセンスと教養の持ち主でした。
『ヨーロッパ退屈日記』は、伊丹さんがヨーロッパを巡って見たこと聞いたこと感じたことをつづったエッセイ。
ファッション、食、カクテル…
粋で色褪せない「ポリシー」を読み解く
各国で出会った人々とのウィットが効いた会話のキャッチボールが面白いのはもちろん、ファッションや料理についても一家言ある伊丹さん。
たとえば、堂々たる英国紳士の正統派な装いについて。
「女性はパリのシャルル・ジョルダン(伊丹さんいわく“ジュールダン”)に行って美しい靴をお買いなさい」という提案。
ご婦人と同席した際の、カクテル選びにまつわる熱のこもったアドバイス。
「わたくしは別に料理に趣味を持つわけではない」とけん制しながらも、繰り返し書かれるイタリアン・スパゲティの正しい作り方。
長い年月を旅人として過ごしてきた伊丹さんの横顔も
ホーム・シックというものがある。これは一時、人生から降りている状態である。(中略)勇気を奮い起こさねばならぬのは、この時である。人生から降りてはいけないのだ。成程言葉が不自由かも知れぬ。孤独であるかも知れぬ。しかし、それを仮の生活だと言い逃れてしまってはいけない。――『ヨーロッパ退屈日記』より
知識欲やおしゃれ欲をくすぐるエッセイの隙間で一転、旅行者としての心構えを説く伊丹さん。母国を離れ、長い年月を旅人として過ごしてきた伊丹さんの横顔が垣間見えた気がしました。
作家の山口瞳さんは本書のあとがきで、優しさから生まれた「厳格主義」こそ伊丹さんの魅力だと書いています。
生まれ持ったセンスと感性、ヨーロッパの文化に触れて得た知識と教養が、彼を好ましい「スノッブな人」にしています。
令和に読んでも色褪せない。
いや、むしろ今だからこそ新鮮に感じられる、美しいアンティーク・ジュエリーのような一冊です。
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一冊の本から始まる旅。ET的ブックスケッチ『ヨーロッパ退屈日記』編
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