小説家とサッカー少女、歩く旅

大きく息を吸い込みながら見開かれていく目。
「練習しながら、宿題の日記を書きつつ、鹿島を目指す」
「行く!」挙手して叫んだ。――『旅する練習』(乗代雄介/講談社文庫)より
コロナ禍が始まったばかりの2020年春。小学校を卒業した姪と二人、サッカーボールを蹴りながら歩く旅に出た――。
サッカー少女の亜美と、小説家で独り者の叔父。中学入学を控えたタイミングで急にコロナ渦に突入し、すっかり手持ち無沙汰になってしまった亜美。そんな彼女に叔父が提案したのが、「返しそびれた本を返しに、鹿島まで歩いて旅をする」ことでした。
沈みこむ社会に、差し込むささやかな光
先の見えない「今」の中を、一歩一歩進む二人。
社会に蔓延する焦りや閉塞感からは少し距離をおいた二人。
歩きながら叔父は短い文章を書き、姪はサッカーボールを蹴る。何かを書いていれば機嫌がいい大人と、ボールを蹴っていれば機嫌のいい女の子。そんな二人が旅する姿からは、曇り空に細く差し込む陽の光のような、ささやかな明るさが伝わってきます。
「これからこれを、鹿島までずーっと?」
「そう。歩く、書く、蹴る」
「歩く、書く、蹴る」鸚鵡返しに一言加える。「練習の旅」――『旅する練習』より
「練習の旅」の、その先は
自由業ならではのゆるさと、叔父と姪という「斜めの関係」ならではのゆるさ。そして、大それた目的も課題もなく、マイペースにアドリブで進む旅。
期限一週間の「練習の旅」は、世間の堅苦しさからひととき離れた、健やかなのびやかさにあふれています。そしてこの旅の先にひそむ、かすかな暗がり。
旅のメモのような、スケッチのような。どこまでもさらりとした文章を追いながら、ひそかににじむ不穏な影に、気づきたいような気づきたくないような……。二人の旅は、いったい私たちをどこに連れていくのでしょうか。
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